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最高裁判所第二小法廷 昭和54年(行ツ)125号 判決 1981年4月24日

上告人 松山貞

被上告人 建設大臣

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする、

理由

上告人の上告理由について

昭和四八年四月二七日建設省告示第九八七号及び昭和四九年四月二四日建設省告示第六二四号は抗告訴訟の対象たる行政処分に当たらないから、その無効確認ないし取消を求める上告人の本件各訴は不適法として却下すべきであるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲の主張も含め、独自の見解に基づいて原判決を論難するものか、又は、原審が本案についての上告人の主張を採用しないことの不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎梧一 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)

上告理由<省略>

【参考】第一審判決(東京地裁 昭和四九年(行ウ)第二七号 昭和五三年五月二三日判決)

主文

本件各訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 原告

1 (主位的請求)

(一) 被告がした左の各建設省告示(1) 、(2) はいずれも無効であることを確認する。

(1)  別紙(一)記載の昭和四八年四月二七日付建設省告示第九八七号

(2)  別紙(二)記載の昭和四九年四月二四日付建設省告示第六二四号

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2 (予備的請求)

(一) 被告がした左の各建設省告示(1) 、(2) をいずれも取り消す。

(1)  別紙(一)記載の昭和四八年四月二七日付建設省告示第九八七号

(2)  別紙(二)記載の昭和四九年四月二四日付建設省告示第六二四号

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二 被告

1 (本案前の申立て)

主文と同旨

2 (本案の申立て)

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一 (告示の存在)

1 被告は昭和四八年四月二七日、地代家賃統制令(以下「同令」という。)五条の規定に基づき、建設省告示第一四一八号(昭和二七年一二月四日)の一部を改正し、別紙(一)記載の建設省告示第九八七号(以下「四八年告示」という。)をなし、昭和四八年四月一日から適用した。

2 被告は昭利四九年四月二四日、同令五条の規定に基づき、建設省告示第一四一八号の一部を改正し、別紙(二)記載の建設省告示第六二四号(以下「四九年告示」という。)をなし、昭和四九年四月一日から適用した。

二 (告示の適用)

1 原告は昭和三九年五月頃以降、別紙物件目録記載の宅地を、右宅地上に建物を所有する高橋昭弐に賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、同令の適用を受けている。

2 同令五条に基づく四八年告示が本件賃貸借契約に適用されたため、統制額算定の基礎である固定資産税の課税標準額が評価額の二分の一を限度とすることになつた。

3 同令五条に基づく四九年告示が本件賃貸借契約に適用されたため、統制額算定の基礎を昭和四八年度分の固定資産税の課税標準額にすえ置かれることになり、統制額が減額される結果になつた。

三 (告示の瑕疵)

しかしながら、本件各告示には以下のとおり、重大かつ、明白な瑕疵、又は取り消し得べき瑕疵が存する。

1 同令一条の立法趣旨は物価政策の一環として、不当な利益の追求による地代、家賃の暴騰を抑制し、国民生活の安定を図ることを目的とするものであり、同令が適用される貸主に対し、不利益を強要する趣旨ではないというべきであるが、被告のなした本件各告示は、地代を低額に統制し、原告に対し、不利益を強要し、過酷な結果をもたらすものであるから、同令一条に違反する。

2 本件各告示は、いずれも何ら根拠もなく統制額算定の基礎として固定資産税の課税標準額を採用し、地代を低額に統制しているから、原告の財産権、生存権を侵害し、憲法二五条、二九条に違反する。

3 同令は昭利二五年七月一〇日以前に着工した延べ面積九九平方メートル以下の住居用建物及びその敷地についてのみ地代、家賃を統制しているものであるが、被告が同令五条に基づきなした本件各告示の適用に際し、同令の適用される貸主に対し何らの救済措置も講じていないのであるから、本件各告示は法の下の平等に反し、貸主の財産権、生存権を侵害するものというべきであり、憲法一四条、二五条、二九条に違反する。

4 本件各告示は、いずれも原告の地代徴収権を不平等、不公平、不必要に統制し、営業の自由を侵害するものというべきだから憲法一三条、二二条一項に違反する。

5(一) 同令五条は建設大臣が地代、家賃の停止統制額又は認可統制額で公正でないと認められるものについて、これに代わるべき額を定めることができること、その決定は告示によつてなす旨を規定しているが、右は、建設大臣に白紙委任的に立法行為を委任したものであり、憲法四一条に違反するからそれに基づきなされた本件各告示は違法である。

(二) 仮に同令五条が違憲でないとしても、建設大臣が同条に基づき告示をなす権限は無制限ではなく、統制額が同令の立法目的に照らし「公正でないと認められるに至つた」場合であることを要し、また告示の内容が立法目的に適合するものでなければならない。本件各告示はいすれも右要件を欠くから被告が裁量権を濫用した違法なものである、

四 よつて、原告は主位的に本件各告示が無効であることの確認を、予備的に本件各告示の取消しを求める。

第三被告の本案前の申立ての理由並びに請求原因に対する認否及び主張

一 本案前の申立ての理由

1 本件各告示は立法行為であつて行政処分性を有しない。

(一) 同令は地代及び家賃を統制して国民生活の安定を図る目的(一条)の下に、建設大臣が地代・家賃の停止統制額又は認可統制額で公正でないと認められるに至つたものについて、その停止統制額又は認可統制額に代わるべき額を定めることができる旨規定し(五条一、二項)、また、統制額の決定は告示によつてなす旨を定めている(同条四項)。このように、同令は、統制額を決定し得る旨の一般的定めをなすにとどめ、統制額自体の決定は告示に委任しているのであるが、これは本来法令中に定め得る事項を実際上の便宜を考慮して告示の形式により定めることとしているにすぎず、この場合の告示の実質は、同令の構成要素をなすものであり、同令の前記規定がこの告示をまつて初めて現実に機能し得るという意味において、同令の内容を補完するものである。そして、本件各告示も、同令五条の規定に基づき、同令が適用される土地、建物及びその敷地の地代・家賃一般について統制額の算出方法等を抽象的に定めている従前の告示を一部改正するものにすぎず、特定人の間における借地借家関係につき、その個別的、具体的関係に着目して地代又は家賃の統制額を決定・変更する性質のものではない。したがつて、本件各告示における統制額に関する定めは、特定人に対する法の執行というような個別的、具体的行政行為を意味するものではなく、不特定多数人に対する関係において将来にわたつて適用されるべき一般的・抽象的な法規範の定立行為、すなわち立法行為というべきであつて、行政処分たる性質を欠くものといわなければならない。

およそ裁判所は、法律上の争訟について裁判すべきものとされ(裁判所法三条一項)、裁判所に対しては、特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合にのみその判断を求めることができるのであるから、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三条二項所定の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」及び同条四項所定の「処分」も、特定の者に対する関係において具体的に作用する処分その他公権力の行使に当たる行為たる性質を有するものに限定されるものと解すべきである。したがつて、本件各告示のような法規範の定立行為自体は抗告訴訟の対象には適しないのであつて、むしろ当該法規の効力の有無をめぐつて具体的な紛争が発生した場合に、当該紛争を対象とする現在の法律関係に関する訴訟において、その前提問題として当該法規の効力を争わせれば足りるというべきである。

(二) また、本件各告示のような立法行為が取消訴訟の対象とならないことは、行訴法上次のような諸問題点との関連においても明らかである。

(1)  行政庁の行政行為は、行政目的の可及的速やかな達成の必要性と私権の保護の必要性との均衡上、「正当な権限を有する機関により取り消されるまでは、一応適法性の推定を受け有効として取り扱われる」のであつて、抗告訴訟により救済を求め得るには、当該行為が右のような性質すなわち公定力を有する場合でなければならない。

そこで、仮に、本件各告示が取消訴訟の対象になるとすれば、本件告示は公定力を有するという理論的前提に立つことになるため、本件各告示が当事者に適用された結果、例えば賃料をめぐる具休的な紛争が生じた場合に、当事者間の訴訟においてその先決問題として告示の効力を争うことか許されないということにならざるを得ないが、その場合には、本件各告示の効力の点についてより司法判断に適する形で具体的争訟が提起されているのにかかわらず、その核心をなす右法律問題については告示に無効事由(重大かつ、明白な瑕疵)が存しない限りこれを争点となし得ないという不当な結果になるのである。

したがつて、本件各告示については公定力を肯認すべきでなく、このような公定力を有しない行政庁の行為について、それが取消訴訟の対象となることを肯定すべき合理的根拠は、全く見当たらないのである。

(2)  行訴法一四条は取消訴訟について出訴期間の制限を定めている。

しかし、現在のみならす将来にわたつて不特定多数の者に対して適用されるべき本件各告示のような立法行為に関する訴訟についてこのような出訴期間の制限を付することは、出訴期間経過後にその適用を受けるに至つた者に対して、無効事由(重大かつ、明白な瑕疵)の存する場合を除き司法救済を全く否定する結果となり、不当というほかない。また、もし、出訴期間の起算日を告示があつたことを知つた日又は告示の日ではなく、当該当事者が告示の適用を受けることを知つた日又は右適用を受けるに至つた日と解するとすれば、本来一般公共の利害にも関係するところが大きい行政処分について、その効力を不確定な状態に置くことを避けるために規定された出訴期間の制限の制度の趣旨に沿わないこととなり、相当でないといわなければならない。

したがつて、いずれにせよ、本件各告示につき出訴期間の制限の規定を適用するときは、結局不合理な結果にならざるを得ない。このような出訴期間の制限の規定が適用されない行政庁の行為を取消訴訟の対象とすることは、およそ行訴法の想定しないところである。

(3)  行訴法三二条一項は、処分を取り消す判決が第三者に対しても効力を有する旨を定めている。

もし、本件各告示のように立法行為の性質を有する行政庁の行為が取消訴訟の対象になるとすると、取消判決において取り消されるのは、その立法行為たる性質を有する行政庁の行為のうち、当該行為の取消しを求めている原告に対する関係における部分のみであつて、行為一般が取り消されるのではないと解せざるを得ないことになる。しかし、当該行政庁の行為の有する立法行為たる性質、すなわち一定の者に画一的に適用されるべき一般規範性と、それがたまたま原告として訴えを提起した者に対する関係においてのみ取消しの効果が及ぶという、いわゆる「関係的取消し」の効力の理論とは、矛盾するものといわなければならない。

(三) 以上見たとおり、本件各告示は、実質的に立法行為であつて、行政処分たる性質を有しないから、取消訴訟の対象にはならないものというべきである。

2 仮に、実質的に立法行為たる行政庁の行為について行政処分性を肯定する余地があるとしても、本件各告示は、それによつて直接個人の具体的権利義務又は法律上の地位に変動を来すものではないから、行政処分性を有しない。

すなわち、そもそも同令五条の規定に基づき地代家賃の統制領を定めた従前の告示の一部を改正する本件各告示は、地代・家賃の最高額を定めるものにすぎないのであつて、それによつて特定の借地借家関係についての具体的賃料額が直ちに新たな統制額に変更されるわけではなく、この具体的賃料領は、例えば、貸主の賃料増額請求によつて初めて新統制額まで増額され得るのである。したがつて、右の具体的な権利義務の変動は、賃料増額請求という本件各告示とは全く別個の法律要件に基づいて生ずる法律効果にすぎないのであるから、本件各告示は直接具体的に貸主又は借主の権利義務又は法律上の地位に変動を及ぼすものではなく、行政処分性を欠くといわなければならない。

また仮に、本件各告示により算出した統制額が本件各告示前の統制額よりも低額であつたとしても、昭和二七年一二月四日付建設省告示第一四一八号(以下「二七年告示」という。--ただし、本件各告示によつて改正されたもの。)第一の四及び第二の二の規定によれば本件各告示前の従前の統制額にすえ置かれることになつているのであるから、本件各告示によつて原告が従前の統制額より低い統制額を強いられることもないのである。

3 本件各告示は、原告が締結している本件賃貸借契約に対し直接的、現実的、具体的な影響を与えるものではないから争訟の成熟性ないし具体的事件性を欠くものというべきである。

同令に基づく地代、家賃の統制額に代わるべき額を定める告示は、一般的に地代、家賃の最高額を定めるものにすぎないし、原告が具体的に本件賃貸借契約における賃料の増額の意思を現実に有するに至つたとき初めて本件各告示の問題を生ずるものであり、その場合でも裁判等により統制額を超えて賃料を定めることができるのである。したがつて、賃借人に対する賃料増額請求の裁判等において、具体的に適正な賃料を確定すればよく、その際、必要があれば本件各告示の統制額の適否の判断も求めれば足りるものである。

このように、本件各告示は賃料の最高限度を定めるものにすぎず、また裁判等において、その制限を免れることができるのであるから、本件各告示による統制額の定めは原告の本件賃貸借契約に対する制限としてはいまだ抽象的なものといわざるを得ず、具体的事件性を欠くものというべきである。

4 本件各告示の無効確認の訴えは行訴法三六条の要件を欠くものである。

すなわち、行訴法三六条の規定によれば、無効確認の訴えは当該処分の効力の有無等を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り提起し得るところ、本件各告示については、その効力の有無をめぐつて具体的紛争が発生した場合に当該紛争を対象とする現在の法律関係に関する訴訟においてその前提問題として本件各告示の効力を争うことができ、これによりその目的を達することができるから、本件各告示は無効確認の訴えの対象とはならないものというべきである。

5 原告には本件各告示の無効の確認ないし取消しを求めるにつき法律上の利益を有しない。

(一) (四八年告示)

四八年告示は地方税法の改正にともなつてなされたものである。すなわち、住宅用地に係る固定資産税の課税標準額の算出方法について、従前は地方税法附則一八条一項に規定する負担調整によるとされていたところ、改正により住宅用地の価格の二分の一とされたため(同法三九四条の三の二)、同令の関係条文の整理を行つたものである。したがつて、四八年告示は統制額算出の基礎となる課税標準額の算定方法を定める根拠法の改正にともなう字句の改正にとどまるものであつて、何ら告示の内容に変更を加えてはいないのであるから、原告には右告示の無効の確認ないし取消しを求める訴えの利益がない。

(二) (四九年告示)

四九年告示は昭和四九年一二月三〇日の地方税法の一部改正(法律第一〇号)により小規模住宅用地に係る昭和四九年度及び昭和五〇年度の固定資産税の課税標準額が従前の額にすえ置かれ、又は減額されたために、従来の告示の統制地代の算出方式によると昭和四九年度及び昭和五〇年度の地代の停止統制額又は認可統制額が昭和四八年度に比較して低下することになるので、地主の手取り額(地代から公租公課相当分を控除した額)の減少を防止するための措置を講じたものであり、むしろ賃貸人の利益に改正したものである。

したがつて、四九年告示により、原告は利益を受けることはあるが、不利益を被ることはなく、結局、原告の四九年告示の違法性を争う利益はないといわざるを得ない。

(三) 同令一〇条の規定は、同令の適用のある借地又は借家につき、裁判、裁判上の和解又は調停によつて地代又は家賃の額を定める場合には統制額に拘束されることなく、これを超えてでも適正な額を定め得ることを認めたものであるから、仮に原告所有の宅地の適正賃料相当額が本件各告示に基づく統制額を起えており、かつ、原告が本件賃貸借契約における賃料増額の意思を現実に有しているとしても、原告としては、本件各告示の効力に関係なく、また、本件訴訟において本件各告示の無効確認あるいは取消しを求める請求が判決によつて認容されるか否かにかかわらず、裁判、裁判上の和解又は調停によつて右統制額を超える適正賃料を確定させ、自己の経済的利益を保護することが十分可能である。

したがつて、原告は、本件各告示の無効確認又は取消しを求めるにつき、何ら法律上の利益を有しないというべきである。

もつとも、同令はその三条で、「借地又は借家の貸主……は、借地又は借家について、停止統制額又は認可統制額を超えて、地代又は家賃の額を契約し、又は受領することができない。」と規定し、さらに同令一八条においては、右三条の違反者を刑事罰に処する旨が定められているのであるから、原告としては、本件各告示が有効なものとして存在する以上、裁判等の手続によらずに借主との合意によつて統制額を超える賃料を定め又は受領することはできないけれども、原告の本訴請求が認容されれば、それが法律上可能となるのであつて、この点において、原告には、本件各告示の無効確認又は取消しを求める法律上の利益があるという余地がなくはない。

しかし、裁判等の手続によらずに、借主との合意によつて統制額を超える賃料を定め又は受領することが一般的に可能な法的状態となるというようなことが、原告にとつての「法律上の利益」であるといえるかどうかは、極めて疑問である。そればかりではなく、本訴の原告が訴訟要件としての原告適格を有しているといい得るためには、単に、本訴請求が認容されれば、原告が抽象的に右の利益を享受し得る可能性ないし資格を有する法的状態になるというだけでは足りないのであつて、本訴請求が認容されれば、原告自身直ちに右利益を現実に享受し得る法的立場に在ることが必要である。これを具体的にいえば、第一に、原告所有物件の適正賃料相当額が本件各告示による統制額を超えていること、第二に、原告が右物件に係る本件賃貸借契約について右統制額を超える賃料増額の意思を有していること、及び第三に、右契約の借主も右賃料増額を了承しており、本訴請求が認容されれば、直ちに原告と借主との間で裁判等の手続によらずに右統制額を超える賃料を定める旨の合意が成立する状況下に在ること、少なくとも以上の事実か認められなければならない。

しかるに、本訴における原告の主張及び立証からは、右要件の存在は認められない。

6 以上のとおり、原告の本件各訴えはいずれも不適法なものであるから却下されるべきである。

二 請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認める。同二のうち、四八年告示によつて貸主のいわゆる手取り分(統制額から公租、公課相当分を控除した額)を算出する基礎となる固定資産税課税標準額の最高限が、当該土地の固定資産評価額の二分の一となつたこと及び四九年告示による統制額の算定方法が貸主の手取り分を昭和四八年度の水準にすえ置くことになつたことは認めるが、その余は不知。同三、同四は争う。

三 被告の主張

本件各告示には以下のとおり何ら違法はないものというべきである。

1 同令五条に基づく告示の改正について

建設大庫は、地代又は家賃の停止統制額又は認可統制額で公正でないと認められるに至つたものについては、地代に関しては、その地代の停止統制額又は認可統制額に代わるべき額を、家賃に関しては、その家賃の統制額に代わるべき額又は統制額に乗ずべき修正率を、告示によつて定めることができる旨定められている。統制額は社会・経済情勢の変化に即応して改正する必要があるうえ、統制額の算定方法は専門的・技術的事項であるため、その改訂を法律の改正によつて行うことは適当でないので、これを建設大臣の告示によらしめることとしたのである。

ところで、統制額が右条項所定の「公正でない」か否かは、統制令が物価政策の一環として地代・家賃の不当な利益の追求による騰貴を抑制し国民全体の生活の安定を期することを目的としているという趣旨(同令一条)に照らし、かつ、その時々の社会・経済情勢、特に統制外賃料、土地建物の資産としての収益力等を総合的に勘案して判断すべきものと解するのが相当である。

2 四八年告示による改正について

(一) 現行(四八年告示による改正前を含む)の地代・家賃の統制額は、統制令五条の規定に基づき昭和二六年物価庁告示第一八〇号によつて定められたものが基礎となつているが、右告示は、固定資産税が固定資産の評価額により算定されるように改正されたことに関連して、統制額中の固定資産税分と貸主のいわゆる手取り分との間の均衡を保つため、固定資産税の固定資産評価額(以下「評価額」という。)に基づいて統制領を算定する方式を採用したもので、合理的根拠を有するものである。その後、二七年告示による改正ほか数次の改訂を経たものの、以後統制額は、評価額(又は固定資産税課税標準額--以下「課税標準額」という。--)に応じて定められることとなつたのである。

(二) ところで、四八年告示は、昭和四八年度の固定資産評価額の評価替えにともなう措置として住宅用地の課税標準等について地方税法の改正が行われたため、二七年告示のうち地方税法からの引用条文等の調整を行つたものである。

すなわち、四八年告示以前の地代の統制額は、固定資産税の急激な上昇を避けるため一定の負担調整率により課税棟準となるべき額が漸増する措置(負担調整措置)を講じた地方税法附則一八条一項に規定する当該年度分の固定資産税の課税標準となるべき額をその算定の基礎としていたところ、昭和四八年法律第二三号によつて地方税法の一部が、従前の負担調整措置を一定限度で昭和四八、四九年度に限り継続する(改正後の同法附則一八条一、八項)とともに、課税標準額は評価額の二分の一を限度とする(同法三四九条の三の二)旨改正されたため、地方税の右改正に整合すべく、二七年告示中の関連する引用条文及び年月日を改正したにすぎないものである。

(三) 原告は、地方税の右改正によつて統制額の基礎である課税標準額が評価額の二分の一を限度とすることとされるに至つたことを、四八年告示の違法事由として主張するが、右結果は、そもそも統制額の算出の基礎として課税標準額が用いられていることに起因するのであつて、四八年告示は、前述のとおり、二七年告示中の引用条文等の形式的調整をしたにすぎず、何ら統制額に影響を及ぼすような改正を含まないのであるから、右結果が同告示の違法事由とはなり得ないことはいうまでもない。

(四) 仮に、地方税法の右改正による統制額の改正が四八年告示の違法事由になり得るとしても、右改正による統制額が公正でないといえないことは、以下のとおり明らかである。

すなわち、地方税法の右改正によつて課税標準額が評価額の二分の一を限度とすることとされたため、統制額の算定の基礎も結果的に評価額の二分の一以内に限定されることとなるが、地方税法の右改正の契機となつた固定資産評価額の評価替えは、地価の騰勢を反映して、宅地については昭和四五年度に比較して概ね一・八倍程度の上昇が見込まれたうえ、一方、昭和四七年度においては、宅地の課税標準額は全国平均で評価額の四割程度であつたので、昭和四八年度の地方税法の右改正によつて住宅用地の課税標準額の上限を評価額の二分の一としたとしても、実賞的に課税標準額の引下げはほとんど考えられないばかりか、評価替えにともなうかなりの増額が見込まれたのである。また、地代家賃の動向は、昭和四六年建設省告示第二一六一号(以下「四六年告示」という。)の改正によつて既に統制額が概ね妥当な水準となつたものと推定された。そこで、四八年告示による改正に当たつては、統制額についての従前の算式は変更しないこととし、地方税法からの引用条文等の調整のみを行つたものである。

(五) したがつて、四八年告示には何ら違法はないことは明らかである。

3 四九年告示による改正について

(一) 四九年告示は、同年法律第一九号による地方税法の一部改正に対応すべく、統制額の算定の基礎として、従前は当該年度の課税標準額を用いていたのを、同年四月以降、昭和四八年度の課税標準額を用いることとしたものである。

すなわち、昭和四九年法律第一九号によつて、地方税法は、面積二〇〇平方メートル以下の小規模住宅用地について昭和四九年度以降の固定資産税の課税標準額を評価額の四分の一(ただし、昭和四八年度の課税標準となるべき額が評価額の四分の一以下のものは、その額)とする旨改正された(右改正後の地方税法三四九条の三の二第二項、同法附則一八条九項)ため、小規模住宅用地に係る昭和四九年、五〇年の各年度における課税標準額が従前の額にすえ置かれるか、又は減額されることとなつた。その結果、統制対象の地代の大部分(原告の本件賃貸土地の地代もこれに該当する。)について、従前の告示のままでは、統制額は課税標準額の右引下げに伴い減額される状況にあつた。

そこで、地方税法の右改正の趣旨及び地代家賃の上昇の傾向を勘案して、地代におけるいわゆる地主の手取り額の水準を維持するよう措置することにより地代の統制額の公正を確保する必要があつたため、四九年告示は、同年四月以降も同四八年度の課税標準額を統制額の算定の基礎に用いることとすることによつて、二七年告示を改正したものである。

(二) 原告は、四九年告示が統制額算定の基礎を昭和四八年度の課税標準額にすえ置いたことにより統制額が減額され、その不公正を来した旨主張するが、四九年告示は、前述のとおりむしろ地方税法の改正にともない統制額が減領される場合が生ずることになるのを考慮して従前の統制額の水準を維持するための措置を講じたものであるから、地方税法の改正を前提とする以上、原告の主張の失当なことは明らかというべきである。

(三) なお、四九年告示による改正の時点において結果の判明していた昭和四七年地代家賃実態調査によると、統制対象の公定地代(一平方メートル当たりのもの)は四大都市のすべてにおいて既に統制対象の実際地代を上回つている状況であつた。

また、昭和四八年度に東京及び大阪において実施した昭和四八年度地代借地条件調査によっても、統制対象の公定地代は、一平方メートル当たり九〇・九円であつたのに対し、統制対象の実際地代は七〇・二円となつていたのであって、公定地代が実際地代の一・二九倍になつていた(ちなみに、右調査に基づき、統制対象外の借地の更新料の授受率を七四パーセントとして、これを統制対象外の実際地代の一定条件の下に加算すると、右地代は一〇七・三円となるが、これを統制対象の公定地代と比較した場合においても、公定地代は既に更新料を含めた統制対象外の実際地代の八五パーセントに達していた。)。

以上にみたように、統制対象の公定地代が既に実際地代を上回つていたのは、四六年告示による地代の統制額の適正化が十分進んだ結果であるが、かかる状況の下においては、更新料の点を考慮しても、四九年告示の時点において地代の統制額が低すぎて公正でないということができないのは明らかである。

第四被告の本案前の申立てに対する原告の反論

1 行訴法三条一項は「この法律において『抗告訴訟』とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。」と定義するとともに、同条二項において「この法律において『処分の取消しの訴え』とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の取消しを求める訴訟をいう。」と規定し、取消訴訟の対象が行政庁の処分、すなわち法律行為的行政行為のみならず広く行政庁が法によつて与えられた優越的地位に基づき公権力の発動としてなす国民の具体的権利義務ないし法律上の利益に直接関係のある行為に及ぶことを認めている。そしてここにいう「公権力の行使に当たる行為」は、主として、行政庁が一般的抽象的な法に基づき個別的、具休的な事実又は法律関係を規律する行為を指すものと解されるが、これのみに限られるものではなく、行政庁の行為が一面において一般的、抽象的な定めを内容とし将来の不特定多数の人をも適用対象とするため法規制定行為=立法行為の性質を有するものとみられるものであつても、他面において右行為が、これに基づく行政庁の他の処分を待つことなく、直接に国民の具体的な権利義務ないし法律上の利益に法律的変動をひき起こす場合には、当該行政庁の行為も、その限りにおいては、特定人の具体的権利義務ないし法律上の利益に直接関係するにすぎない行政行為と何ら異なるところはないのであるから、取消訴訟の対象となり得るものと解すべきである。

しかるに、四八年告示は統制額算定の基礎である固定資産税の課税標準額を評価額の二分の一を限度とするものであり、四九年告示は統制額算定の基礎を昭和四八年度分の固定資産税の課税標準額にすえ置くものであるから、同令の適用を受ける貸主(原告)にとつて本件各告示は実質的に管理費の増加を強いることになり、貸主の手取り分を減少させる結果となる。したがつて本件各告示は向令の適用を受ける貸主(原告)に対し、直接的に法律上の不利益を与えるから抗告訴訟の対象となる行政処分であるというべきである。

2 本件各告示は、昭利四六年一二月二八日付建設省告示第二一六一号(以下「四六年告示」という、)の改正目的を完全に覆すものである。すなわち、四六年告示は、統制額算定の基礎となる固定資産評価額が、従来、昭和三九年三月三一日付建設省告示第一〇七二号(以下「三九年告示」という。)によつて昭和三八年度のものに固定されていたのを、毎年度の固定資産悦の課税標準額に基づくものとし、貸主の過重な負担な軽減して統制外賃料との格差を縮める目的でなされた。

しかるに、四八年告示は前記のとおり、固定資産税の課税標準額を評価額の二分の一を限度とすることにし、四九年告示は四八年度分のそれにすえ置くものであり、貸主(原告)の手取り額を長期にわたつてすえ置いた三九年告示と同じ算定方式になつた。したがつて、原告が四六年告示によつて得た貸地経営に対する希望は全く消えうせてしまい、本件各告示によつて重圧感、不安感を与えられているから、その無効確認ないし取消しを求める訴えの利益を有するものというべきである。

被告は、原告が統制額を超える賃料を裁判等において実現し得るから、原告に訴えの利益がない旨主張する。しかしながら、貸主と借主は相互信頼、相互扶助の精神に基づいて賃貸借関係にあるのであるから、仮に統制額が不当に低額で違法なものであつたとしても、違法を確認する目的で善良な借主に対し、貸主(原告)が裁判等の手段に訴えることは右精神に反し許されないのである。被告の主張は住宅行政の怠慢の責任を貸主(原告)に転嫁するものである。また、裁判所の関与により賃料が決定される場合であつても、裁判所は本件告示による統制額からあまり逸脱しない範囲で適正賃料額を決定することが要請されるから、同令の適用を受ける貸主(原告)の権利の救済として作用するものではない。

第五証拠関係<省略>

理由

一 原告の請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二 本件各訴えの適否について考えるに、ます原告がその無効確認ないし取消しを求める本件各告示が抗告訴訟の対象たる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行訴法三条一項、二項、四項)に該当するか否かについて検討する。

同令は、地代及び家賃を統制して国民生活の安定を図ることを目的として制定されたものである(同令一条)ところ、建設大臣は、地代、家賃の停止統制額又は認可統制額で公正でないと認められるに至つたものについて、これに代わるべき額等を定めることができ、この場合にはその額をもつてその地代又は家賃の停止統制額又は認可統制額とすることとされている(同令五条)。そして同令の適用される借地又は借家の貸主は、右の停止統制額又は認可統制額を超えて、地代又は家賃の額を契約し、又は受領することを禁止され(同令三条)、その違反については刑罰が科せられるのである(同令一八条)。

ところで、本件各告示は、いずれも同令五条に基づき被告が先に定めた二七年告示の一部改正として、地代、家賃の統制額算定の基礎となる「価格」の内容等を改めたものであるところ、この同令五条に基づき建設大臣の停止統制額又は認可統制額に代わるべき額等を定める行為は、同令自体の内容を補完するものであり、川令の委任に基づいて、同令の適用がある借地、借家について適用される一般的な規準の定立行為、いわゆる委任立法であり、行政庁たる建設大臣がなすものではあるが、実質的には立法行為たる性質を有するものというべきである。

しかし、行政庁の行為が一般的な規準の定立、すなわち立法行為的性質を有するものであつても、それが同時に、右規準に基づく行政庁の他の具体的処分を待つまでもなく、直接、特定の者に対し、その具体的な権利義務ないし法律上の利益に変動を及ぼすものであつて、その行為を抗告訴訟で争わなければ他に適切な救済が得られないような場合には、抗告訴訟の対象たる行政処分に当たると解するのが相当である。

そこで本件各告示が特定人、特に原告の具体的な権利義務ないし法律上の利益に直接、法律的変動を与えるものであるか否かについて以下検討する。

三 本件各告示のうち、四八年告示は、それ以前の四六年告示が地代の統制額算定の基礎を、負担調整措置を講じた「地方税法附則第十八条第一項に規定するその年度分の課税標準となるべき額」としていたのを、昭和四八年法律第二三号による地方税法の改正に伴い単に、「その年度分の固定資産税の課税標準となるべき額」としたものであり、また、四九年告示は、右地代の統制額算定の基礎を「昭和四八年度分の固定資産税の課税標準となるべき額」としたものであるしまた、本件各告示にはいずれも、本件各告示による算定方法で算出した統制額が本件各告示前の統制額よりも低額である場合は従前の額にすえ置く旨の定め(二七年告示、ただし本件各告示により改正されたもの。第一の四及び第二の二)がおかれている。

ところで、既にみたように、同令は、地代、家賃の最高限度額を定め、貸主に対しこれを超える額による契約等を禁止することを主たる内容とするものであつて、統制額それ自体が直ちに当事者間の契約内容を形成するものでないことは、その性質上当然である。もつとも、同令五条に基づき建設大臣が定めた統制額が従前の額を減額するものであり、そのため、従前、当事者間の契約によつて定められていた賃料の額が、新統制額を上回ることとなる場合には、その超える部分について同令に違反することとなり、民法九〇条により当該契約はその限度で無効となるものと解する余地があるから、そのような場合には統制額を定める告示は、その限度で、当事者間の具体的契約に直接影響を及ぼすこととなるのであるが、前記のとおり本件各告示によれば、これにより算定した統制額が従前の額を超えないときは、いずれも従前の額を統制額とする旨の定めがおかれているのであるから、右のような賃料の減額の問題を生ずる余地はないというべきである。また、四八年告示によれば、統制額算定の基礎を「その年度分の固定資産税の課税標準となるべき額」としている関係上、右告示後において、右課税標準となるべき額の変動が生じた場合には、それに伴つて、統制額が従前の額を下回らない範囲で増減することとなり、右と同様、賃料の減額の問題を生ずる余地があるが、それはまさに土地等の価格の変動によつて生ずる効果にほかならず、右告示自体の効果ということはできない。

原告は、本件各告示によつて、貸主たる原告の実質的な賃料手取り分が減少する旨主張するが、本件各告示が従前の個別的な賃貸借契約における具体的な賃料の額を当然に増減する効果をもつものでないことは前示のとおりであるから、原告の右主張は失当というほかない。

なお、同令一〇条によると、地代、家賃について、裁判、裁判上の和解又は調停によつてその額を定める場合においては、必ずしも統制額に拘束されることなく、それが適正な賃料額である限り、統制額を超えてこれを定めることができるものと解するのが相当である(最高裁昭和五一年六月三日判決民集三〇巻六号五七一頁以下参照)から、当該土地等の適正賃料額が統制額を超える場合には、貸主たる原告としては、裁判等の手段によつて、適正な賃料額の確定を求めることができるのであつて、本件各告示によって、貸主に対し、右各告示にかかる統制額を上回る賃料増額請求権を何ら否定することとなるものではないのである。

原告は、賃貸借の貸主と借主の間に存する信頼関係に反して、裁判等の手段(例えば賃料増額請求訴訟)に訴え、統制額を超えて賃料の増額を請求することは困難であるとか、裁判所は適正賃料を決定するうえで、統制額からあまり逸脱しない範囲内での決定を要請されるとか主張するが、右はいずれも事実上の問題であつて本件各告示の法的効果ということはできない。

以上のとおり、本件各告示は、何ら個別、具体的な賃貸借契約の内容を形成、変更するものではなく、それによつて特定人の具体的な権利義務ないし法律上の利益に直接、法律的変動を与えるものではないから、本件各告示は、抗告訴訟の対象たる行政処分に当たらないと解するのが相当である。

四 以上の次第で、原告の本件各訴えは、いずれもその余の点について判断するまでもなく不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山下薫 佐藤久夫 高橋利文)

別紙(一)、(二)<省略>

物件目録<省略>

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